存在しないものを生み出す力

こんにちは。

最近、先生の勧めもあり、ガロア理論の本を読んでいます。 抽象的な概念は扱っているとワクワクしてきますが、やはり理解するのが難しいですね。

読んでいて色々考えたことなどがあったので、書いてみようと思います。

存在しないものを取り込んでしまっても良いのか?

はじめに、虚数を学んだ時の気持ちを思い出してみたいと思います。

それまでは、x^{2}+1=0を満たすxは、存在しないとされていたと思います。

もし、i^{2}=-1を満たすようなiを導入したら、上の方程式を満たすxは存在することになります。

最初にiが導入されたとき、僕は割と違和感がありました。そんなことしちゃっていいのか?それができるんだったら、もっといろいろやばいこともできてしまうのではないか?という風に思いました(例えば、x^{2}-1=0を満たすxであっても、1,-1以外にも任意に定義できちゃったりしないだろうか、そうしたら恣意的にどんどん解を作りだせて危険にならないか、と思いました)。

このような違和感、ある意味では不安を感じた人はきっと僕以外にもいると思います。

そして、このような気持ちは、数の存在性に対する理解につながっているのではないかと今は思います。

多くの人は、実数は存在すると考えていると思います。そして、2乗して-1になるような数は存在しないと思っていたのだと思います。だから、存在しないものを取り込んで考えることに対する違和感や、それにより議論が空虚なものに陥る不安を感じるのではないかと考えます。

当初はこのような違和感を持っていましたが、そのまま勉強を進めていくにつれ、その感覚を置き去りにしてしまっていました。 ですが、最近ガロア理論に関する本を読んで、この違和感に対する答えを見つけることができました。

体論における、存在しないものを生み出す力

議論を追っていくと、体K上では既約な多項式(2次以上)に対して、その根\alphaKの外側では存在することを認めたうえ、体K(\alpha)を考えるという場面が多くありました。 iを知った時と同じ感覚になりました。Kはあると考えていますが、\alphaKには存在しないはずです。なのに、それを存在するものとして考えてしまっている。これは良いのでしょうか。

ArtinのGalois TheoryのII.C. Algebraic Elementsのセクションを参考に説明します。説明の仕方を変えた場所があります。

まず、Kを体とし、Kの拡大体をEとします。K上で代数的な\alpha\in Eをとります(\alphaK上代数的であるとは、K上の多項式\alphaを根にもつものが存在することをいいます)。

つまり、最初は\alphaKの外(E)に存在することを仮定して議論を進めるわけです。

\alphaを根に持つK上の多項式のうち、次数が最小のもので最高次の係数が1のものをf(x)とします。f(x)は一意に定まります。f(x),g(x)が条件を満たす2つの多項式として、f(x)\neq g(x)ならh(x)=f(x)-g(x)は次数がf,gより真に小さくh(\alpha)=0を満たすからです。また、実はf(x)K上既約であることも言えます。f(x)の次数をnとして、

f(x)=x^n+a_{n-1}x^{n-1}+\cdots+a_1x+a_0

とします。そして、次のような元からなる部分集合E_0\subset Eを考えます。

\displaystyle \theta=b_0+b_1\alpha+\cdots+b_{n-1}\alpha^{n-1}

ただし、b_0,b_1,\cdots,b_{n-1}\in Kとします。

これは、Kの元と\alphaの和・積で表される元全体を表しています。\alpha^{n}のような元はどうなるのか、と思われるかもしれませんが、f(\alpha)=0なことから、


\alpha^n=-a_{n-1}\alpha^{n-1}-\cdots-a_1\alpha-a_0\tag{*}

と表すことが出来るからです。 E_0上の演算をうまく考えれば、E_0Kの拡大体と考えられるようになるかもしれません。E_0K1,\alpha,\cdots,\alpha^{n-1}で生成されるベクトル空間と見ることができ、このような加法について閉じています。乗法については、積を取った後に(*)を用いて次数を直せば閉じた演算が定義できます。

E_0が体となることを厳密に考える前に、もう1つの体E_1を考えます。 E_1で特徴的なのは、\alphaの存在を仮定しないという点です。予め存在が分かっている、Kf(x)のみからE_1を作り出します。

E_1多項式からなる体です。具体的には、Kn-1次以下の多項式を元に持ちます。 加法としては通常の多項式の加法を考えます。乗法は、通常の多項式の乗法で得られた多項式f(x)で割った余りを考えます。 Kの元を定数項のみからなる多項式と見れば、K\subset E_1だと言えます。

E_1の元はすべて乗法において逆元を持ちます。この証明はやや込み入っているので、最後に書くことにします。
E_1は剰余体としてK(x)/(f(x))として表記できます。

他の体の公理も満たしていることが容易に確認できるので、E_1Kを内包する体です。

そして、E_1E_0と同型であることを示します。 E_1の元g(x)E_0の元g(\alpha)に移す写像\sigmaを考えます。\sigma全単射で、\sigma(g+h)=\sigma(g)+\sigma(h)\sigma(g\cdot h)=\sigma(g)\cdot\sigma(h)を容易に確認することが出来ます。実際、E_0上の乗法はf(\alpha)を用いて次数下げをしていますが、これは\alpha不定元とみた多項式において、f(\alpha)で割った余りを考えていることに他なりません(Artinの本ではE_0においても多項式の剰余を用いて乗法が定義されていましたが、そうするとE_0とは別にE_1を考える意義が分かりにくくなってしまうと思ったため変えました)。これらのことから、E_1E_0間の同型写像(上への同型写像)が存在することが確認できました。

同型であることが示せたので、E_0E_1と同一視できます。E_0は存在するかわからない\alphaというものを用いて構成していましたが、これと同型な体E_1を、存在するものだけから構成できたので、E_0のような体も安心して考えることが出来ます。このことによって、多項式の根というものを自由に考えることが出来るわけです。

このようなことから、次のような定理(拡大体の存在に関するKroneckerの定理)を導くことができます。

f(x)を体Kにおける1次以上の多項式としたとき、E\supset Kf(x)がその中で根をもつものが存在する。

この定理は味わい深いと思います。K上に根が存在しない時でも、それが存在するような拡大体を考えることが出来るからです。

iの違和感に答える

Kとして\mathbf{R}を考えましょう。そして、f(x)=x^{2}+1とします。

すると、先ほどの例ではE_0=\mathbf{C},E_1=\mathbf{R}(x)/(x^{2}+1)のように考えることが出来ます。先ほど示したようにこれらは同型となります。 実際、E_1iに対応するものはxです。通常の多項式の演算でx^{2}=(x^{2}+1)-1なので、E_1x^{2}=-1を確かに満たします。このようにしてiを構成できました。

余談ですが、E_0=\mathbf{C},E_1=\mathbf{R}(x)/(x^{2}+1)が同型であることは準同型定理から示せます。\phi:\mathbf{R}(x)\to\mathbf{C}として\phi(f(x))=f(i)とすれば、\mathrm{Ker}f=(x^{2}+1)なので、\mathbf{R}(x)/(x^{2}+1)\cong\mathbf{C}です。

まとめ

このような仕方で存在しないものを存在するものから構成できるのは面白いなと思います。 iがあまりimaginaryなものに思えなくなってきました。

存在するものとは何か、という問いには興味があります。他の哲学系の授業でも、よく認識論との関係としても話題になります。 数学的対象に関してはこのように剰余によってアプローチできるのは良いですが、他の分野にも応用出来たりするのでしょうかね。

また、こうなってくると\mathbf{R}多項式は存在するのか?と気になってきます。\mathbf{R}は某切断により集合から構成でき、多項式写像から構成できるそうです。集合や写像はプリミティブな物に思えますが、これらはどう根拠づけられたものなのでしょうか。気になるところです。

参考文献

E_1の逆元について

任意のg(x)\in E_1に対し、g(x)h(x)=1となるh(x)\in E_1が存在することを示す。 g(x)h(x)=1を、h(x)の係数に関する一次連立方程式A\bf{x}=\bf{b}とみる。対応する同次連立方程式A\bf{x}=\bf{0}を考える。 これは、g(x)h(x)=0をいっており、通常の多項式の積を考えればg(x)h(x)f(x)で割り切れるということである。 h(x)\neq0とする。g(x)h(x)=k(x)f(x)とおく。以下、h(x)はこのような関係を満たすもののうち次数が最小であるとする。 f(x)=q(x)h(x)+r(x)と書ける(q(x)は商、r(x)は余り)。f(x)は既約なので、r(x)\neq0r(x)=f(x)-q(x)h(x)であり、r(x)g(x)=f(x)h(x)-q(x)h(x)g(x)=f(x)h(x)-q(x)k(x)f(x)=f(x)\{h(x)-q(x)k(x)\}となる。\mathrm{deg} r \lt \mathrm{deg} hより、hの取り方に矛盾。 よって、h(x)=0である。A\bf{x}=\bf{0}は自明解しか持たない。よって、A\bf{x}=\bf{b}はただ1つ解を持ち、逆元が定まる。